【アジア大会 8/19-30 TBS系列連日生中継】

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【アジア大会 8/19-30 TBS系列連日生中継】
《アジア大会の歴史的なシーン④》
日本が9回大会まで9連勝した棒高跳で24年ぶりの金メダル
澤野大地の2006年ドーハ大会の戦い方とは?

 澤野大地(ニシ・スポーツ。現富士通)のドーハ大会金メダル(5m60)は、男子棒高跳では24年ぶりの歴史的な勝利だった。1982年までは日本が第1回大会から9連勝していた種目。お家芸復活の感動的な勝利であったが、当時の澤野のコメントからは別の部分を意識して戦っていたことがわかる。
「今回は勝つことだけが目標だったので、隙を見せないために5m40から跳び始めました。跳躍練習不足でしたが、良い意味で開き直りができて集中もできました。これも今季ヨーロッパを回った成果です」(陸上競技マガジン2007年1月号から抜粋)
 金メダルは絶対的な目標だったが、あくまでも世界で戦う中でのアジア大会と位置づけていた。

 4年に一度のアジア大会が8月、インドネシアのジャカルタで開催される。東京五輪前最後の総合競技会として重要度も、注目度も大きい大会だ。陸上競技の日本勢はアジアで勝つこと、あるいはレベルの高いアジア勢を相手にしっかりと戦うことが、来年のドーハ世界陸上、2020年の東京五輪へとつながっていく。
 そのアジア大会を面白く観戦するために、今の視点で見ても興味深い歴史的なシーンをピックアップして紹介していく。

 棒高跳は“先進国”が絶対的に有利な種目だ。
 走力や跳躍力、腕力、体幹の筋力など基本的な力が必要となるが、陸上競技で唯一、ポールという道具を扱うことで競技を行い、体操競技の要素も大きい。バーの支柱やマットなど、棒高跳に必要な設備には費用もかかる。
 早い段階で取り組んだ国の棒高跳技術が向上し、指導者が増え、設備が充実し、その国の優位性は大きくなる。五輪において米国が、1908年ロンドン大会から1968年メキシコ大会まで13連勝したのも、そういった棒高跳特有の背景があった。

 だが“先進国”の優位性は、いつかはなくなる。1972年以降の五輪金メダルは東ドイツ、ポーランド、フランス、ソ連、豪州、ブラジル、そして米国と、多くの国が持ち帰っている。
 同じことがアジア大会でも起きた。9回大会までは日本が9連勝したが、その後は中国、カザフスタン、日本が優勝している。五輪に比べると優勝国が少ないが、そこはやはり、普及度という点で世界ほどではないのだろう。

 とはいえ2006年ドーハ大会まで、日本はアジア大会で24年間負け続けていた。ドーハ大会も記録だけを見れば楽勝ではない。澤野の5m60に対し2位のL・アンドレエフ(ウズベキスタン)は5m55、3位の楊雁盛(中国)は5m50。
 だが、澤野には余裕があったという。
 先日ある試合会場で会った澤野は12年前のことを、次のように話した。
「2006年は海外をずっと転戦して、アジア大会が25戦目でした。12月の開催で一度試合間隔が空くので難しい時期でしたが、世界を転戦していましたから勝つのは当たり前、という感覚で臨むことができました。実際、競り合った感覚はありません」
 5m40から跳び始めて5m50、5m60とすべて1回目でクリア。アンドレエフと楊は、5m40より低い高さでも何回か失敗していた。気持ちに余裕があった澤野はやりたい跳躍が、それぞれの高さの1本目からしっかりとでき、失敗試技がなかった。
 澤野は世界の潮流に乗ることで、アジアを過剰に意識しないで戦うことができた。結果として24年ぶりに金メダルを日本に持ち帰ることができたのである。

 今年のジャカルタ大会は、日本選手権1・2位の山本聖途(トヨタ自動車)と竹川倖生(法大3年)の2人が代表入り。2年前のリオ五輪で7位入賞し、37歳の今も現役を続ける澤野大は3位と敗れて代表入りできなかった。
 12年前は澤野1人が世界で孤軍奮闘していた棒高跳だが、近年の五輪&世界陸上は3人代表も当たり前になっている。
 一方で、アジアの棒高跳もレベルが上がっている。
 昨年は5カ国10人が5m60以上を跳んでいる。5カ国は中国・日本・カザフスタンのアジア大会優勝経験国に加え、フィリピンとサウジアラビアである。今季は4カ国6人だが、韓国の選手が新たに加わった。ここ2シーズンでは6カ国の選手が5m60を超えている。アジアではかつてなかった状況だ。

 激しい戦いが予想されるが、好調の山本は相手との勝敗よりも「自分が5m80を跳ぶ」ことに集中する。それが結果的に、勝利につながると考えている。
 竹川は海外の試合は初出場。「これまでも周りがどれだけ跳ぶかは気にせず、自分のやることに集中してきました」と、経験不足は気にしても仕方ないと割り切っている。
 もちろん、先輩のアドバイスが貴重になることは間違いない。
 山本は自身の2012年ロンドン五輪が初の海外試合だった。その経験からアドバイスできることがあると考えている。7月の札幌の試合(日中韓3カ国交流と南部忠平記念が併催)後には、澤野が熱心にアドバイスをしていた(写真)。
 時代が変わるなか、代表2人はそれぞれのスタイルでアジアとの戦いに備えている。

TEXT/Photos by 寺田辰朗

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