【日本選手権2日目】Text by 寺田辰朗

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【日本選手権2日目】Text by 寺田辰朗
 9秒台への期待とともに注目を集めた男子100 mは、壮絶な結末が待っていた。
 今季の100 mは大盛況で、桐生祥秀(東洋大)が日本歴代2位タイ(自己タイ)の10秒01、山縣亮太(セイコーホールディングス)が10秒06、ケンブリッジ飛鳥(ドーム)が10秒10をマーク。この3人が今大会前に標準記録(10秒16)を突破していたが、10秒0台を5回出している桐生と、4回出している山縣の争いになるという見方が多かった。
 だが、序盤からリードを奪った山縣を最後にケンブリッジが追い込み、ほとんど同時にフィニッシュした。10秒16でケンブリッジが初優勝を果たし、山縣が10秒17で2位。この結果でケンブリッジはリオ五輪代表に内定し、27日の理事会を待たないといけないが、山縣も2大会連続五輪代表入りを確実にした。

 意外だったのは桐生が10秒31と、1~2位の2人から差を開けられたこと。そして、レース後に涙を見せたことだった。10秒01の派遣設定記録にただ1人到達していたため、3位でもリオ五輪代表に内定したが、それが逆に桐生の矜持にそぐわなかった。
「こんな形でオリンピックを決めるつもりじゃなかった。一番いやな決め方ですね」と涙ながらに声を絞り出した。

 テレビインタビューエリアであるENGゾーンを担当したTBSの溝端ディレクターは、ゴールデングランプリ川崎のときのように「負けたから何もないです」というリアクションを想像していたが、桐生の思い詰めた表情から落涙もあると直感して取材をしたという。
「桐生選手はただただ、負けず嫌い。自分が圧倒的にナンバーワンでいたい、と考えている選手です。日本選手権のようにみんなに注目されているレースで、ケンブリッジ選手と山縣選手の争いに加われなかった。それで内定かよ、という自分へのみじめさで気持ちの整理がつかなかった涙だと思います」

 レース後の東洋大・土江寛裕コーチらの話を総合すると、桐生は途中で軽い脚の痙攣に見舞われた。VTRを見ると中盤でピクッとして腕振りのリズムが変わっている箇所があるし、終盤の表情は負けたことに加えて、体の異変があったことも想像させた。検査を受けるかどうかは翌日の状態を見て決めるという。

 山縣は準決勝の課題を決勝までに修正し、スタートで明らかに前に出ていた。桐生に並ばれると予想された加速局面でもリードを広げ、完全に勝ちパターンにはまった。にもかかわらず、最後にケンブリッジの追い上げに合い、0.01秒差でかわされてしまった。
「最後以外は自分のレースでした。それでも最後勝ったと思ったのですが、抜かれていましたね。狙いに行って、決勝が日本選手権で一番良いレースができたのに結果が伴わなかった。まだ地力がないということだと思います」

 いつものように自身の走りを冷静に分析した山縣。
 桐生がやるべきことを、本能的に感じ取るスプリンターとするなら、山縣は緻密に計算して自身を作り上げてきたスプリンターだ。ロンドン五輪の予選で10秒07の五輪日本人最高をマークしたように、大舞台での集中力も持つ。
 冷静さを装ったが、溝端ディレクターは「正直、怖かった」と言う。「いつもと同じように話してくれましたが、目は笑っていないのがわかりました。自分に対しての怒りがこみ上げていたのでしょう」
 冷静に判断すれば、ケンブリッジの強さを認めるしかない。だが、10秒06の自己新を向かい風0.5mのなかで出した布勢スプリントに比べれば、終盤の走りが完璧ではなかったのは確か。今季は1試合1試合、前のレースよりも確実に良い走りに変えてきたが、それが日本選手権でできなかった。
「反省点は反省し、スタートから60mまでは手応えも感じられたので、そこは伸ばして、リオでは予選から9秒台で走りたい」
 ロンドン五輪で結果を残している山縣の言葉はやはり、信頼度が大きい。

 ケンブリッジは「中間でスピードに乗る前くらいに、この距離なら行けるかな」と感じて、その通りに最後で逆転して見せた。レース後のガッツポーズや表情、インタビューに明るく答える様子などを見ると、桐生と山縣と違う雰囲気があった。勝ったから当然といえば当然だが、2人とは何かが違った。

 溝端ディレクターは「桐生と山縣が背負ってきたもの、背負ってきた時間の違いではないか」と言う。
 ケンブリッジもここまで、ケガにも悩まされて順風満帆だったわけではない。
 実業団1年目。日大スタッフの指導を継続して受けているが、ドームの大前祐介氏との出会いでウエイトトレーニングへの取り組みを徹底させた。自身の特徴を発揮できる環境を得て、一気に伸びてきた。日本選手権で桐生、山縣と真正面から対峙したのは初めてだ。
 溝端ディレクターは続ける。
「怖い物知らず、が良い方向に出たのだと思います。考えるよりも先に、結果が出ているのが今のケンブリッジ選手では? インタビューでもドンと構えた落ち着きがあって、喜びを爆発させるというよりも、淡々と喜びを語っている」
 桐生と山縣が3年、4年と9秒台や五輪&世界陸上の決勝進出を目標としてきたのに対し、ケンブリッジもそこを目標とはしてきたが、現実的に意識し始めたのは今年に入ってからだろう。

 ケンブリッジ自身は、緊張しなかった点を周囲との違いとして挙げた。
「スタート前も、他の選手よりも余裕があると感じました。集中していましたが、気楽に行こうとリラックスできていた。いつもは自分から集中していくのですが、今日は自然と入って行けました」
 怖いもの知らず、が本番でも発揮され、ケンブリッジがリオ五輪で結果を残す可能性も十分に感じられる。

 かつて伊東浩司、朝原宣治、末續慎吾と日本スプリント界のレジェンドたちが五輪&世界陸上の決勝進出と、9秒台に挑んできた。現在進行している山縣、ケンブリッジ、桐生の“3強時代”は、その頃に勝るとも劣らないレベルになった。
 ケンブリッジは「勝ち続ければ、9秒台も必ず出せる」と話したが、まさにその通りだろう。同時代に生き、同じ時間を過ごしながらその戦いを見続けられる我々は、幸せなのだと思う。

写真提供:フォートキシモト

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