【日本選手権3日目】Text by 寺田辰朗

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【日本選手権3日目】Text by 寺田辰朗
2日目までの不順な天候からうって変わり、最終日は晴天に恵まれ好記録が相次いだ。14種目の決勝が行われ、以下の7種目で7人のリオ五輪代表が内定した。

<男子>
200m:優勝・飯塚翔太=派遣設定記録&入賞最上位
5000m:優勝・大迫傑=標準記録&優勝
110mH:優勝・矢澤航=標準記録&優勝
走高跳:優勝・衛藤昂=標準記録&優勝
<女子>
200m:優勝・福島千里=標準記録&優勝
5000m:優勝・尾西美咲=標準記録&優勝
400mH:優勝・久保倉里美=標準記録&優勝

 最後のトラック種目の男女200mで快記録が誕生した。女子で22秒88と自身の日本記録を0.01秒更新した福島千里(北海道ハイテクAC)、男子で20秒11の日本歴代2位をたたき出した飯塚翔太(ミズノ)。ともにリオ五輪代表に内定したが、2人の共通点は世界を目指す飽くなき向上心だった。

 100mで4回、200mで3回の日本記録更新(1回は日本タイ)を果たしている福島だが、2010年5月の200m22秒89が最後。この日の22秒88は6年ぶりの日本新だった。
「本当に嬉しいな、と、久しぶりに、心から思います」
 五輪選考会でも変わらない福島特有のソフトな話し方は、緊張感で張り詰めた中では一服の清涼剤ともなる。だが、その話にドキッとさせられることも多い。深い内容であったり、強い覚悟が垣間見えたりすることがあるのだ。
 新記録の要因を問われ、「今日の走りだけで、この記録が出せたわけではありません」と返す福島。日々の練習、食事など生活全般に神経を使っているということだ。

 以前に、福島の記録に対する考え方に驚かされたことがある。若い頃に記録を連発できても年齢とともに難しくなる、と考えるのが一般的だろう。今回の日本選手権で100m7連勝(史上最多)、200m6連勝(最多タイ)という福島のポジションであれば、国内の試合は勝つことを中心に考え、記録を狙うのは自身と気象条件などコンディションが合ったときだけ、となっても不思議はない。
 福島も痙攣に悩まされた2012年や不調が続いた13年などは、国内レースでは「勝てば良い」と考えてしまった時期もあった。だが、その考え方では自身に甘えが出ると思えた。
 14年以降は再度、どのレースでも記録を狙う姿勢を持ち続け、トレーニングにも日常生活にも厳しく取り組んできた。
 北海道ハイテクACの中村宏之監督は今シーズンに入る際、「このトレーニングをしたから、とか、何か1つの動きがよくなったというよりも、総合的にスケールアップしていることを男子選手との練習で感じられた」という。

 福島の究極の目的は世界と戦うこと。その意思を強く持ち始めたのが、初めて日本記録を更新した2008年の北京五輪(日本女子選手56年ぶりの五輪100m出場)であり、惨敗したロンドン五輪の後ろ向きだった時期の反省から、再び前を向き始めた。
 初めての日本記録から8年、最後の日本記録から6年後の日本新は、リオ五輪へどういう意味を持つのだろうか。
「オリンピックは今日から始まるものではありませんが、今日を1つのきっかけにして、リオは過去最高の、納得できるレースをしたい」
 リオで短距離女子選手史上初の、3大会連続五輪に福島が臨む。

 今大会の20秒11で、飯塚の上に位置するのは末續慎吾の日本記録20秒03だけになった。
「会社(ミズノ)の先輩ですからね。それ(日本記録)を破るまでは終われません」
 末續は日本記録を出した2003年のパリ世界陸上で、日本短距離種目初となる銅メダルを獲得した選手。飯塚にとって、世界で戦うための目安となってきた存在なのだ。

 飯塚は2010年世界ジュニアで優勝し、ジュニアではあるが世界大会で日本人初の短距離種目金メダリストとなった。12年のロンドン五輪でシニア初の代表入り。13年には20秒21(当時日本歴代3位)もマークした。
 だが、2014年から歯車がどこか、噛み合わなくなった。勇躍出場したダイヤモンドリーグで断トツの最下位だったこともあったし、日本選手権は3位、アジア大会は4位。アジア大会では個人種目よりも、リレーでの踏ん張りが目立った(4×100 mRは2走で2位。同日に行われた4×400mRは3走で優勝)。
 昨年は日本選手権の決勝で肉離れをして、国際大会代表入りも途切れた。
 年次ベストは14年が20秒39で15年が20秒42。世界が少しずつ、遠くなっていた2シーズンだった。

 飯塚の特徴は身体の大きさであり、シーズン中でもウエイトトレーニングをしっかりと行い、身体ありきのスプリント技術を構築してきたこと。まだ25歳だが、年齢とともに同じやり方でも違いが生じるようになった。
 最近は食生活も改善し、「馬肉を週に1回、羊も週に1回」など、良質の栄養摂取を心がけている。体重自体は84kgより下げないようにしているが、昨年まで6~7%だった体脂肪が、今年は4%に落ちているという。
「14~15年と比べ、後半が楽に走れるようになってきました」

 日本選手権では前半からリードを奪った。
「直線に出て誰も前にいなかった。前半は冷静に、だんだん上げていく走りでしたが、直線に抜けてからは一気に、ゴールまで駆け抜けました。今の日本のレベルで勝つことができたのは大きいと思います。今回の自己ベストくらいを、オリンピックの準決勝で出すことができたら…」
 決勝にも進出できると飯塚は続けたかったが、準決勝の壁が厚いことは自身もよくわかっている。先輩の末續は20秒22でパリ世界陸上の準決勝を通過しているが、昨年の北京世界陸上のプラスで拾われたのは20秒10までだった(着順通過では20秒19の選手も)。

 ミズノトラッククラブのマネジャーとして末續も飯塚も見てきた長谷川順子さん(91年世界陸上女子400 mH代表)は、2人の記録に特別なすごさは感じなかったという。
「末續の日本記録のときは、出るべくして出た記録だと感じました。記録的な目標はあまり言わない選手でしたが、『メダルを取る』とシーズン前から言っていましたから。飯塚も末續のときと同じで、この記録は通過点かな。2人とも目指すところを直接聞いていましたし、世界で戦う選手になるために突き詰めてやっています」
 種目は違うが、室伏広治というお手本もチームにいる。
 ミズノトラッククラブの世界を目指す伝統が、五輪日本人初の200m決勝進出を目指す飯塚をしっかりと支えていく。

写真提供:フォート・キシモト

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